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2007年5月21日月曜日

坂本龍一ロハスクラシック→九頭竜神社



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 先の週末、気が付いたらずいぶんと時流に合った行動をしてしまっていた。それはエコとスピリチュアルです。坂本龍一プロデュース公演ロハスクラシックコンサート2007@オーチャードホール→九頭竜神社という最強カード。一般的には癒されまくり、ということになるのだろうが、傷が癒える感じではなく、“ 生命力と直結した、安心して時間をゆだねることができる”表現群が現在この手のジャンルに集結している気がする。
 ロハスクラシックの方は、「ボキャブラリーの多さではなく自分の言葉でしゃべる」という基準にてオーディションで選ばれた五組は、アイリッシュ、インドの武笛、バーンスリー、ボサノバ、西洋古楽、そしてクラシックという陣容。思えば故小泉文夫が世界の各地で音を採集し、ガムランを世に広めたのが80年代の幕開け。西洋音楽至上主義にどんどん風穴があいて、WOMADやワールドミュージック・ブームを経て、今、こんなに普通に演奏されることとなったとは!
 個人的にはバーンスリーの寺原太郎のユニットにひとつ感銘、タブラをたたいていた超絶グルーヴの人はなんとASA-CHANG巡礼のU-ZHAANでした。インドで暇つぶしにタブラを習ったことがあるのだが、まあ、打楽器としては、グルーヴはもちろんのこと、音色で“語る”ことができる最強楽器をよくもまあ、自家薬籠中のものに・・・・・。いい打楽器奏者はほんとうに力が入っていないものだが(という理由で、私は和太鼓のあの筋肉パフォーマンスは理解できない)、彼もしなやかで柔らかい腕から波のようなうねりと細かいパッセージが押し寄せてきて、釘付けでした。唯一の20世紀音楽代表だったのが、伊藤ゴローのボサノバ・ユニット。最初のインストはエグベルト・ジスモンティーを彷彿させる、幻惑コンテンポラリーで、布施尚美のボーカルが入ってからは、実にイパネマーな響きが会場を満たす。
 いやいや、こういうコンテストラインナップだからこそはっきりわかったことだが、やっぱりテンションの響きはいいねぇー。  短音やドミソの三和音の世界が田園や自然の山々だとすると、そこに一発「シ」が加わると、急に都会の匂いが香る。そう、イタリア未来派が志向した、機械やマシーンの文明の産物に基づくセンスは、ドミソからの逸脱と同義語である。「海 だけじゃダメ、そこにネオンがないと」というのは、大学生の時分に幼なじみの荒井和子が言った名言だが、私もどうしてもここのところの文化にあらがえない。
 というわけで、後半は、第二部は坂本龍一、コトリンコ、チェロの藤原真理という三傑のプレイが披露されたのだが、坂本龍一とコトリンコは、その「海とネオン」センスを血肉化しながらも、その身体でもって、人間にとって善であり、安定的な次世代の“ドミソ”を追求しているように思える。「シ」の不安定さは、悪の魅力でもある。そこをわかった上で善をやる、というのが、もともとロハスの思想だったと思うのだけど、コンサートに来ているお客の大半や、エコ志向の人々はこの点、無自覚に優等生的のような感じがする。消費文化の快楽を知り尽くして、いや、美食をやり尽くした後の贖罪的なある種痛みを伴うロハスは共感できるのだけれど、頭っからこの境地の人は、なんだか信用おけないわけです。
  藤原真理のチェロの二曲目の選曲は、そこのところの魅力バリバリの林光作品。超格好良くて、レコ屋に走る所存。カザルスで有名な無伴奏もナイスプレイ。ドミソの世界ながら、悪の魅力も内包するヤバい曲。バッハは圧倒的にそういうところがある。
 九頭竜神社は以前、ヘアメイクのTAKAKO氏に「天下取りたかったら九頭竜に行け」と言われたことがあって、別段天下を取りたいわけじゃないが、年下の負け犬ご一行が「もう、神頼みしかのこってないっす」っていうんで、ご相伴した次第。陸路ではなく、芦ノ湖湖畔から遊覧船が出て神社に到着するのだが、もうもう、人が多くてまるで音楽フェスみたいでした。雑誌『クレア』に縁結び最強、って特集されたらしい。  その帰りに箱根湯本の日帰り温泉「天山」へ。ここはちょっとびっくりの完成度。設計思想抜群で、露天風呂はまるでバリ島はウブドのコテージを思い出した。海老沢宏環境工房の作。
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2007年5月8日火曜日

奥歯抜歯と映画『バベル』〜どちらも麻酔無しで傷口縫合



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有言実行! この言葉ほどいつも私を挫折感に陥らせるものはないのだが、今回はやりましたよ。何を? 
 そう、GW中の部屋の片付け+冬物衣料大整理大放出じゃ。東京滞在中のウィーンのお友達チーム、トーマスご一行を目黒「とんき」に連れて行き、野宮真貴さんと旦那の昼間さんとシティボーイズの舞台→イタメシ+狂乱カラオケを毎夜毎夜にこなしながらの大健闘だったが、開けた本日はもうぐったり。フランソワーズ・モレシャン氏も言っておったが、洋服の整理は本当に気力と体力がいる。服ひとつひとつに思い出が張り付いてますからねー。 
 昨シーズン見かけなかった、アナスイのスカートを発掘。もはや、トロイア遺跡発掘に燃えるシュリーマンか、高松塚古墳かってな心境。  と、そんな日に限って歯医者の予約が入っており、しかも、奥歯抜歯という大イベントだったことを今日の今日まで失念していたバカな私。 とはいえ、すでにこの奥歯ほとんど崩壊していたので、抜歯は楽々と医者も私も踏んでいたのだが、大変なことが起こってしまった。そう。麻酔の効きが異様に弱いのよ。「麻酔効かない体質ですか?」「いや、そんなことありまへん」「おっかしいなー」とガンガン追加されても、唇やあごは麻痺しているのに肝心の抜歯の要のところの感覚がしっかり残っているのだ。いてててててぇー。すべての拷問の中で歯関係は最高位らしいが、その片鱗の恐怖をはっきり感じさせていただきました。医者の話によると歯肉に炎症が残っているとそこが酸性になって麻酔がかかりにくいということらしい。そこを縫ってもらって、来週また再度トライらしいが、ダメなときは大学病院送りになる模様。ほんとかよ?!  痛む歯を抱え、これで即帰宅できるならばいいが、こういう日に限って、過酷な予定が入っている。
 そう。雑誌「ソトコト」での連載「エコ飯ミシュラン」のために一路、新丸ビルの「酢重ダイニング」へ行ってメシを食わなきゃならんのだ。唇の半分はまだしびれが残っているというのに。しかしながら、食欲はそれを凌駕する。軽井沢本店があり、信州味噌と醤油がうたい文句のこの店、たしかにサバ味噌のノーブル方向の味付けはなかなか。詳しくは次号の「ソトコト」参照のこと。 この連載の対談相手、菅付雅信君と盛り上がったのは、映画『バベル』の話題。私的には、9.11以降のアメリカグローバリズム批判とネット時代の世界同時進行感覚&コミュニケーション問題を扱った映画としては、最高峰だと思う。と同時に、東京の描き方に驚いた。モロッコ、メキシコ、日本。その地を突き刺す登場人物としてアメリカ人カップルがいる。モロッコ、メキシコにおけるエピソードは、どちらかというと南北問題、そう、富めるアメリカとその対極の摩擦から来る「予測できる」物語だったのに対し、日本の登場人物設定はハンティング趣味の村上龍描くところの理想の中年セレブな男とその聾唖の一人娘という、東京と日本イメージの紋切り型からはちょっと考えもつかない設定。こういう、オリジナルなつかみはたぶん、この監督の独特な感性から生まれてもので、もう、このへんのセンスは現代文学の領域っぽい。(しかし、映画ではきちんとコミュニケーション不全の象徴に収まっているので普通の観客は安心するのだが、東京でのシーンは全体としてその意味からこぼれ落ちるものが多くてそこが魅力だったりする)独自の強固なローカル文化と西欧的近代化をなんとか両立させてきたこの三国の中でも、過剰に本国の思惑を超え、資本主義の実験地、みたいに先鋭化してもう、まったくわけがわからないことになってしまった日本、そして東京の凄まじさをものすごくよく描いていると思う。 まあ、映像感覚も凄くて、聾唖のチエコが公園でストリートボーイズとドラッグかっくらって大はしゃぎして、夜のクラブにたどり着くまでの、カメラのスピード感、とぎれとぎれの音響、そして、理解と共感から、ひとり群衆の中の孤独に引きはがされるショックまでのシークエンスは、もう、ここだけでひとつの短編音楽映画が作れてしまうほどの魅力と強さがある。
 『シティ・オブ・ゴッド』のフェルナンド・メイレレスと同様、ラテン系の監督、社会派の衣をまといながら、官能と感覚を爆発させると超ド級の凄腕を見せる。 『バベル』というだけあって、「知恵と能力故に身を滅ぼす」モロッコの弟や、人間の証であり原罪である性欲の問題も、コミュニケーションの最も根本的な衝動として誠実に描かれていましたねー。 しかし、菅付君によると、ユーチューブでOprah Winfrey Oscar Specialでの菊池凛子のパロディーがガンガンアップされているそう。まー、想像するにあの「ご開帳」シーンに違いないと思っていたら、ホントにそうだった。バカですねー。奥歯抜歯と映画『バベル』。どちらも麻酔無しで傷口縫合ってことで。Dsc01394

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2007年5月7日月曜日

ワインに引かれて、すべての料理は善光寺参りができるのか

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 フードフランス2007  
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アラン・デュカスが若手の実力派シェフを国内から募って、パリの「プラザ・アテネ」のレストランで2週間に渡ってパフォーマンスを繰り広げる「フードフランス 」。その日本版が昨年に引き続き開催されているので、最終日5/1ののランチに駆け込んだ。場所は昨年のグランドハイアットの「フレンチキッチンブラッセリー アンドバー」から、表参道の「ブノワ」へ移転。「ブノワ」と言えば、ビストロ趣味をふんだんに盛り込んだ内装が最高なので(変な木彫りのシェフ人形がガーンと窓辺に飾ってあったり、まるでルイ・マル描くところの「おじいちゃんが住む趣味のいい田舎別荘」感がたまらない!)、その点からいえば、このテロワール感バリバリのイベントの背景としては適当であります。
 
 今回のシェフは、水の都ヴィシーの<ル・ラディオ>というホテルにて気を吐いている
フレデリック・クールソル。メーデーの行進でちっとも動かないタクシーのおかげで、五分遅れで入ったら、テーブルにはすでに両親とコヨーテの広告ウーマン羽鳥さんがアミューズとシャンパンを飲んで盛り上がっている。この間、実家に帰ってついこのことが話題に出たら、行きたい、というので、両親同行。どうでもいいけど、母親のドレスアップ方向が元国土庁長官の扇千景がお得意だったフリル系なのが思いっきり店のムードと対立していたが、考えてみれば彼女たち、フランス料理第一世代なわけで、そのギャップは致し方なし。だってさ、フラン
ス料理の本国のシェフが初めて日本で技術指導を行ったのは、70年万博ですからね。思えば遠くにきたもんです。
  
 「タンニンを利かせた白アスパラガス 真鯛とカルパッチョと共に」がアントレ。これ、造形的には白アスパラのすっくとした寝姿が三本。両脇の日本はワインを煮詰めたソースでワインレッドに染まっており、中央の一本は真鯛を巻き付けて就寝中という、これまたフランス映画のラブアフェアーを想像させるルックスにて、とりあえず、最初の印象は、エロい。白アスパラの形状は食材の中でもまさにアレだが、真鯛のペターンという食感があの柔らかいんだけど繊維質のシャリ感がある独特の白アスパラの食感は口腔内の快楽優先型だ。しかしなが
ら、赤ワイン由来のタンニンとアスパラのマリアージュは、思ったよりも普通。シェフもそう思ったのか、ちょこんと乗っている行者ニンニクのソースが混ざると不思議な輪郭が出る。しかしながら、このクルーソルの料理、もっととんでもない「つけあわせ」があったのだ!
 
 それは、ワイン、なんですねぇ。
 このシェフ、地元、オーベルニュからワインを指定してきているのだが、選んだ「nv-V de T Gamay- Les Puys -Domaine3 Peyra」という赤。これ、生産者が添加物を入れず創っているそうで、オリは多いからデキャンティングだわ、色はほとんどロゼだわ。そして、その味といったら、まあ、私今までこの手を料理屋で飲んだことはないようなシロモノ。近いところでいえば、この間、麻布十番の岩盤浴のアフターで出された、梅クエン酸健康飲料に近い。ソムリエと思わず、話し込んじゃったぐらいだ。
 
 実は、私、シャンパンでアントレを半分食べていて、途中からこの赤に切り替えたのだが、全然料理の印象が違ったものになってくる。要するに、ワインが入って、一皿一皿が堰を切ったように饒舌になるという感じ。
 
 メインは「牛ホホ肉のスフレ カカオの香り」。これはひたすらトロトロの牛煮込みにカカオスフレが奉仕するという、見た目のダイナミックさとは違って優しい一品。とまた、ここで例の赤、が登場するわけだが、なんだが、全く合いそうもない梅系酸味とこの優しい濃厚さが、合わなくはない、のだ。ワインのミネラル分と無添加故のスカッとした酔い心地が利いてくる。(この料理にボルドーの赤は普通で安心だろうけど、きっと印象に残らないだろう)
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この一品、食べ始めの第一印象よりも、食べ進んで、ワインとも溶け合って、ついに最後の一口で「ああ、別れがたい」という感動を残す。この引っ張り感は、ミシェル・トロワグロの料理で受けた印象と似ている。人でもいるでしょ? 最初はどうって事無かったのに、気がつくと大切な人間になっているような人。
 地元チーズをはさんで、デセールは「シガレット クルスティン ソルベ ニンジン-オレンジ」。これはまあ、ひたすら明るく、可愛いお味だが、やはり柑橘系の酸味がさわやかで、ここにきて、例の赤の酸味の了解が取れたのでした。
 
 フレデリック・クールソル。
 料理に思想を通す、のは、フランス料理のお家芸だが、この、とんでもない地元ワインから発想して、その最大の「付け合わせ」として料理を考えたのではないか、というほどの冒険家ぶりは、私は大好き! たとえていうならば、「ワインに引かれて、すべての料理は善光寺参りができるのか」という逆転の発想ですかね。この日は、ラスト日だったのだが、もっと早くにこれ食べていたら、ディナーも行ってましたね。なんだか、パン粉を敷き詰めたおもしろい肉料理があったみたいで誠に残念。彼の本拠地のホテルにぜひ、行ってみたいものだ。
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2007年5月2日水曜日

野宮真貴リサイタル「JOY」のソーカツかつ思い出



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いやいや、ずっとお休みしていたブログですが、再開します。GWはあえて自宅で整理整頓修行(お釈迦様は修行途中、悪魔がいろんな誘惑を仕掛けてきて大変だったらしいが、私の場合も同じ事。何でああ発見されるかね。五年前のビックコミックや焼き肉特集のダンチュウや「ソウルとんねるず」のビデオがっ!)なのだが、がんばって書くぞー。

 一ヶ月以上前になってしまいましたが、不肖私がプロデュースを行った、野宮真貴リサイタル「JOY」の総括かつ思い出ですね。考えてみれば、高校生時分、時代でいえば70年代後半、初の海外旅行に出向いたパリで、「ムーランルージュ」に心神喪失になって以来、「キレイなお姉ちゃんが洒落た音楽で歌い踊る大人のショー」というものに囚われ続けてきた自分にとって、ある意味、夢の実現だったわけで、ともあれ、無事に済み、お褒めの言葉いただいたりして、ようやっと肩の荷が下りた、という感じでしょうか。ロマンチカの林巻子演出故に今回、初めて引き出された、野宮さんの気高くハイプなお色気。あれですよ。石ノ森章太郎描くところの、「家畜人ヤプー」のポーリーン・ジャンセンそっくり。野宮さんがその時、まとっていたのは、衣装を担当した、マッセ・メンシュの黒のシースルーのボウタイブラウスですが、これ、マッセには珍しくフリーサイズに近いので、不肖、私も購入。体型的には、伊丹十三の「お葬式」における喪服の高瀬春菜感はいなめませんがね。
 月刊TITLe誌の写真特集の取材もかねて、録音のため音楽監督、リチャード・キャメロンの本拠地のベルリンに行ったりもしました。彼の手になる新「Twiggy Twiggy」は、映画「ライフ・アクアティック」の音楽で、DEVOのポール・マザースバーグが打ち出した、脱力音響サウンドのオマージュっぽくて、格好良かったなあ。女優のショウビズにありがちな「クライマックスやカタルシスを与えない」感じ、抜き、の感覚は、今回のような非予定調和コラボの醍醐味とも言えます。
 すでに、来年の第二弾に向けて動き出しています。
 あっ、ベルリン日記とかは、こちらへどーぞ。そういえば、美人寿司とかもやったなー。
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